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入院生活

二重介護生活のはじまりと介護離職。母のリハビリも始まる。

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母が左手首をケガした翌日。

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昨日、受け取った診断書とレントゲン写真を持参して、父が最初に入院した総合病院へ診察に行きました。

まぁ医者に行ったからといって、すぐに良くなる訳ではいきません。何日か置きに通院する事になりました。

この時の担当医の事は良く覚えています。

若い医師だったのですが、態度が本当に偉そうでしたね。母が痛いと言っても、「ケガしたんだから仕方がない」と言って、何の処置もしないし、俺が最初に診た訳じゃないといった感じでしたね。

こういう総合病院には、提携している大学病院から1~2年交代で医師が派遣されて来るようですが、医師というのも本当に人さまざまで、親身になってくれる良い医師もいれば、自分で望んだ訳ではなく嫌々来ているような医師もいるのでしょう。

この若い外科医などは、典型的な後者といったところでしょうか。

〔母のリハビリも始まる〕

通院から一ヶ月ほど経った頃から、この病院でもリハビリが始まりました。

私にとっては、この頃から父と母の両方の介護生活が始まりましたね。

母が家事も出来なくなったので、当然、私が家事もしなければなりません。

朝は朝食を作って、洗濯して、午前中に母をリハビリに連れていって、母がリハビリを受けている間に夕飯などの買い出し、午後から父の病院へ行って、帰ってきてから夕飯を作っていました。(正直を言えば、夕飯は弁当を買って済ませる事も多かったです)

とにかく目まぐるしく毎日を送っていました。

仕事にも行けませんし、この時期で仕事も辞めましたね

当時は、造園の仕事をしていましたが、あまり未練もありませんでした。落ち着いたら、また働けばいいと思っていましたし、とにかく毎日が精一杯で考える余裕もありませんでした。

〔使い物にならなくなってしまった左腕〕

けがした人形.jpg

さて、ここで問題が起こります。

母はこの病院でリハビリも始めていたのですが、左手が一向に良くなりません。

良くなるどころか、痛みが慢性化し、前腕から手の甲にかけては紫色に腫れ上がり(グローブのようでした)、痛みで手首の関節はほとんど動かす事ができず、指先も1センチ動かせるかどうかでした。

また患部の感覚が異常に敏感になり、水に触れただけでも痛みを訴えるほどでした。
この頃の写真を撮っておけばよかったと思いますが、見事に左手が使い物にならなくなってしまいましたね。

手の構造.jpg

思えば、母は通院当初から痛みを訴えていました。しかし何の処置もしてもらえないので、その痛みに耐えていました。

そしてリハビリも始まったのですが、今では考えられない事ですが、このリハビリも本人が痛いと言っているものを、強制的に曲げたり伸ばしたりするものでした。

曲げられると痛いので、抵抗しようとします。抵抗しようとすると、その抵抗しようとする力を上回る力で曲げようとします。

これは、武道家の立場から言うと、関節技が決まっていて、何とか抵抗しようとしている相手に、更に追い打ちを掛けて壊しているようなものです

そのようなリハビリに、母は医師とリハビリの先生を信じて、ほぼ毎日通っていました。

一刻も早く良くなりたいと思っていたのでしょう。

もちろん、医師とリハビリの先生も壊そうと思って施術をしていた訳ではないのでしょう。

しかし、この若い医師には経験が足りず、このリハビリの先生には技術や知識が不足してい

たのも事実だと思います。理由は後に後述致します。

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